
経済政策、TPP、改憲、原発、普天間移設…。背景が複雑な政治課題を単純化し、善悪二元論的なメッセージを発する技術に長けた安倍政権。国の将来を左右する重要法案を数の論理で押し通す安倍政権の一人勝ちという状況にメディアも加担してはいないだろうか。政治が単純化される今、「安倍一強」時代といかに向きあうかを考えるための視点を提供。
意外な再会である。数年前に「政治主導の落とし穴」という新書を読んだのだが、それと同じ作者だった。同書は、民主党政権が掲げる「政治主導」という概念や、官僚と政治家の関係を考えるうえで非常に参考になった。僕のブログの2番目の記事にもなり、まことに印象深い一冊だった。
さて、「安倍政権の罠」を読むことにした理由は、最近新聞ばかりを読んでいて少し近視的になってしまったためだ。ここ数か月の出来事を微細に追っていた反面、半年や一年単位の経過を俯瞰することが少なかったのである。その点、かつての著作で見事に民主党政権の失敗を総括していた筆者は、今回もよく現状を整理していた。
▽「政治主導」を超えて
高い専門性を誇る官僚組織を、政治家がどうやって使いこなすか。民主党政権の「政治主導」の失敗を乗りこえて、安倍政権は一強体制をつくりあげた。
優秀な補佐役を集め、直属の国家安全保障局などを設けて内閣機能の強化を行い、ホワイトハウス的な国家体制を敷く。さらに、議席数を背景とした「政高党低」の形勢を維持することで、リーダーシップを対内的にも盤石なものにする。こうした体制を、筆者は「官邸主導」と表現していた。失敗に終わった「政治主導」と区別するためだろう。
安倍政権はこうして「一強体制」を実現させた。政権が重要な政治課題に次々と手を出しているのも、そのためだろう。ここまでの指導力を掌中に収める機会は、自民党にとってはまさに「千載一遇」なのである。強いリーダーはいつの時代でも求められるが、安倍首相は間違いなくそれに近いところにいる。
もちろん、そのことは功罪相半ばする。力があれば、必然的に議論が面倒になり、意見の調整が雑になる。そのことは特定機密保護法や集団的自衛権の行使容認などの動きに表れた。
「決められない政治」から「決めすぎる政治」。
本の中で紹介されていた、ある議員の言葉である。うまい表現だ。安倍政権が着手しようとしているのは、どれも「国家百年の計」ばかり。そんな政権を前に、「百年の計」をこの数年で決めてしまっていいのかという態度は、全ての国民が持つべきものだろう。
加えて、その「官邸主導」政治を支えているのが菅義偉官房長官である、という指摘もかなり印象的だった。本の中では、色々な事例にまつわる菅氏の知られざる辣腕ぶりが語られている。いつも涼しい顔で会見に臨んでいる菅氏が文字通り「内閣の要」であることを知り、政局を見る目を大きく変えさせられた。
▽政権を見つめなおす
本では、そこから個々の重要な政治課題について、筆者なりの視座が書かれている。それは一強体制を背景にYES/NOという争点の単純化を図ろうとする政権と、その流れについ掉さしてしまうメディアに対する批判だといっていいい。
内容はここに書かない。時事問題を考えるうえで面白い指摘がいくつかあるので、実際に眼を通してもらえればいいと思う。「メディアや政権が政治を単純化しすぎている」という問題意識も、べつだん目新しくもないだろうし。
この本を読んで一番よかったのは、時事問題を比較的長期的な目で見ることができたことだ。安倍政権が出来てから何があったか、何が起ころうとしているのか、一度じっくりと見つめなおすことができたのである。
日々刻々と移り変わるニュースを追いかけてばかりでは、政権の尻尾はついに掴めず仕舞いになってしまうだろう。政権の姿は、個々の出来事や政策を足し算しただけでは見出せない。
そうではなく、腰を落ち着けて、長い時間軸をもとに、ぼんやりと見てみる。目まぐるしく動いている一つ一つのピースに注目するのではなく、全体を見てみる。そうすることで、モザイク画のようなあんばいで、総体としての「安倍政権」は姿を現すのではないか。本を読んでそのきっかけを掴んだ者として、そう思う。
意外な再会である。数年前に「政治主導の落とし穴」という新書を読んだのだが、それと同じ作者だった。同書は、民主党政権が掲げる「政治主導」という概念や、官僚と政治家の関係を考えるうえで非常に参考になった。僕のブログの2番目の記事にもなり、まことに印象深い一冊だった。
さて、「安倍政権の罠」を読むことにした理由は、最近新聞ばかりを読んでいて少し近視的になってしまったためだ。ここ数か月の出来事を微細に追っていた反面、半年や一年単位の経過を俯瞰することが少なかったのである。その点、かつての著作で見事に民主党政権の失敗を総括していた筆者は、今回もよく現状を整理していた。
▽「政治主導」を超えて
高い専門性を誇る官僚組織を、政治家がどうやって使いこなすか。民主党政権の「政治主導」の失敗を乗りこえて、安倍政権は一強体制をつくりあげた。
優秀な補佐役を集め、直属の国家安全保障局などを設けて内閣機能の強化を行い、ホワイトハウス的な国家体制を敷く。さらに、議席数を背景とした「政高党低」の形勢を維持することで、リーダーシップを対内的にも盤石なものにする。こうした体制を、筆者は「官邸主導」と表現していた。失敗に終わった「政治主導」と区別するためだろう。
安倍政権はこうして「一強体制」を実現させた。政権が重要な政治課題に次々と手を出しているのも、そのためだろう。ここまでの指導力を掌中に収める機会は、自民党にとってはまさに「千載一遇」なのである。強いリーダーはいつの時代でも求められるが、安倍首相は間違いなくそれに近いところにいる。
もちろん、そのことは功罪相半ばする。力があれば、必然的に議論が面倒になり、意見の調整が雑になる。そのことは特定機密保護法や集団的自衛権の行使容認などの動きに表れた。
「決められない政治」から「決めすぎる政治」。
本の中で紹介されていた、ある議員の言葉である。うまい表現だ。安倍政権が着手しようとしているのは、どれも「国家百年の計」ばかり。そんな政権を前に、「百年の計」をこの数年で決めてしまっていいのかという態度は、全ての国民が持つべきものだろう。
加えて、その「官邸主導」政治を支えているのが菅義偉官房長官である、という指摘もかなり印象的だった。本の中では、色々な事例にまつわる菅氏の知られざる辣腕ぶりが語られている。いつも涼しい顔で会見に臨んでいる菅氏が文字通り「内閣の要」であることを知り、政局を見る目を大きく変えさせられた。
▽政権を見つめなおす
本では、そこから個々の重要な政治課題について、筆者なりの視座が書かれている。それは一強体制を背景にYES/NOという争点の単純化を図ろうとする政権と、その流れについ掉さしてしまうメディアに対する批判だといっていいい。
内容はここに書かない。時事問題を考えるうえで面白い指摘がいくつかあるので、実際に眼を通してもらえればいいと思う。「メディアや政権が政治を単純化しすぎている」という問題意識も、べつだん目新しくもないだろうし。
この本を読んで一番よかったのは、時事問題を比較的長期的な目で見ることができたことだ。安倍政権が出来てから何があったか、何が起ころうとしているのか、一度じっくりと見つめなおすことができたのである。
日々刻々と移り変わるニュースを追いかけてばかりでは、政権の尻尾はついに掴めず仕舞いになってしまうだろう。政権の姿は、個々の出来事や政策を足し算しただけでは見出せない。
そうではなく、腰を落ち着けて、長い時間軸をもとに、ぼんやりと見てみる。目まぐるしく動いている一つ一つのピースに注目するのではなく、全体を見てみる。そうすることで、モザイク画のようなあんばいで、総体としての「安倍政権」は姿を現すのではないか。本を読んでそのきっかけを掴んだ者として、そう思う。
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